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水戸地方裁判所 昭和36年(ワ)139号の2 判決 1961年12月26日

原告 国

訴訟代理人 板井俊雄 外五名

被告 辻つぎよ 外五名

主文

一、原告に対し、

被告辻つぎよは末尾目録(一)の一乃至四の物件につき同目録(二)の一乃至四の各登記の

被告川崎武夫は末尾目録五乃至八の物件につき同目録(二)の五乃至八の各登記の

被告綿引信家は末尾目録(一)の一二乃至一四の物件につき、同目録(二)の一二乃至一四の各登記の

被告山野弘明は末尾目録(一)の三二乃至三五の物件につき、同目録(二)の三二乃至三五の各登記の各抹消登記手続をせよ。

二、原告に対し、

被告辻つぎよは末尾目録(一)の三六の物件につき

被告畠山幸次は同目録(一)の三七の物件につき

被告藤田竹之介は同目録(一)の三八、三九の物件

につき

それぞれ原告が昭和三十三年七月一日を買収の期日として行つた買収による所有権移転登記を嘱託することに同意せよ。

三、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、

その請求原因として、

一、末尾目録(一)の各物件はもと同目録「元所有者」欄記載の各訴外人等がそれぞれ所有していたところ、茨城県知事は、これ等訴外人等を被買収者として、昭和三十三年七月一日、農地法第四十四条以下の規定により買収手続を行い、原告はその所有権を取得した。

二、しかるに買収令書を交付した昭和三十三年六月一日以後買収の期日に至るまでの間に、

末尾目録(一)の三二乃至三五の物件について訴外田村みよが訴外山野英夫との間の昭和三十三年六月十七日の売買を原因として、

同目録(一)の三六の物件については、被告辻つぎよが訴外山野英夫との盟の昭和三十三年六月三十日の売買を原因として、

同目録(一)の三七の物件については、被告畠山幸次が訴外畠山熊との間の昭和三十三年六月三十日の贈与を原因として、

同目録(一)の三八及び三九の各物件については、被告藤田竹之介が訴外山野英夫との間の昭和三十三年六月十一日付の売買を原因として、

それぞれ即日同被告等のための所有権移転登記を経由した。

三、しかしながら、前項の各被告が、かりに同登記記載の売買又は贈与によつて、同所有権を取得したとしても、同被告等は農地法第六十条のいわゆる「買収令書の交付を受けた者の承継人」に該当し、買収令書の交付は右被告等に対してもその効力を有し、かつ原告は買収期日である昭和三十三年七月一日までにそれぞれ買収の対価を支払つたのであるから、同日以後買収による右各物件の所有権を取得したものであることを、その旨の登記がなくても右被告等に対しても主張することができるものであり、右各被告等は前項記載の物件に対する原告の所有権取得登記手続に協力する義務がある。

四、本件各物件につき、原告の所有権取得登記が経由されないうちに。

(一)、末尾目録(一)の一乃至八、一二乃至一四の「元所有者」欄記載の各訴外人は、同物件につき、同目録(二)の一乃至八、同一二乃至一四の各物件の現在の登記名義人である。被告辻つぎよ、川崎武夫、綿引信家に対し「登記原因」欄の各月日に売渡したとして同被告等のための同「抹消を求める登記の表示」欄記載の各登記を経由し。

(二)、訴外田村みよは訴外山野英夫から買受けた末尾目録(二)の三二乃至三五の物件につき、被告山野弘明に対し末尾目録(二)の三二乃至三五の「登記原因」欄記載の日に贈与をしたとして、同被告のための「抹消を求める登記の表示」欄記載の各登記を経由した。

五、しかしながら、前項記載の各所有権移転登記は、いづれも既に原告が買収により有効に所有権を取得した各物件について、第一項記載の訴外人又は第二項記載の訴外人から現在の登記名義人である被告等がその所有権の移転を受け、その旨を表示する登記であるから、実体関係を欠き無効である。

もつとも、原告は買収による各物件について、その所有権取得登記を経由していないが、

(一)、本来民法百七十七条による対抗要件は私法的自治の支配する法域における取引安全のための規定であつて、農地法による買収の結果、国が土地所有権を取得する場合には適用がない。

右を詳述すると、農地法による未墾地等の買収売渡は公共の福祉の実現のために行われる行政処分であつて、取引の安全という配慮は公益目的の達成という要請の前に後退させられるものである。もつともこの場合においても公益目的と矛盾しない限度で、当該土地等について利害関係を有する第三者に対して不測の損害をきたすことのないように配慮すべきは当然であり、右は買収令書の公示縦覧等土地配分計画の公示等によつてなされており、第三者の利益の保護をこの程度にとゞめて、公益の代表者である国の政策目的遂行のためになされる未墾地等の買収売渡処分の効果の確保をはかつているものである。

(二)、仮に民法第百七十七条の適用があるとしても買収処分発生後、被買収者から所有権の移転をうけてその旨の登記をした第三者は、農地法第六十条が承継人の範囲を何時までの承継人と時間的に限定していないところから、同条にいう「承継人」に該当するものと解せられ、同条はかような承継人に対しても買収令書の交付は「その効力を有する」旨を定めているのであり、同承継人は民法第百七十七条に所謂「第三者」に該当しないから、国に対しその所有権を主張し得ない。

と述べ。

証拠<省略>

被告辻つぎよは請求棄却の判決を求め、

(一)、原告主張の事実中

第一項記載のうち主張の訴外人が同物件を所有していたことは認めるが、その余は不知。

第二項のうち被告に関する部分は認める。

第三項は否認する。

第四項は認める。

第五項は争う。

と述べ、

被告川崎武夫は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、

(一)、原告主張の事実中

第一項のうち、主張の訴外人が同物件を所有していたことは認めるが、その余は不知。

第四項は認める。

第五項は否認する。

(二)、被告は、原告主張の訴外者より同人が所有権者であると信じ同土地を買受け、主張の登記を経由したものであるから、原告主張は失当である。

被告綿引信家は、原告の請求を棄却するとの判決を求め

(一)、原告主張の事実中

第一項のうち、主張の訴外人が同物件を所有していたことは認めるが、その余は不知。

第四項は認める。

第五項は争う。

と述べ、

被告山野弘明は、原告の請求を棄却する。との判決を求め

(一)、原告主張の事実中

第一項のうち、主張の物件が訴外山野英夫の所有であることは認めるが、原告が訴外山野英夫より同物件を買受けたことは否認する。その余は不知。

第四項は認める。

第五項は否認する。

と述べ、

被告畠山幸次は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、

(一)、原告主張の事実中、

第一項のうち、主張の訴外者が同物件を所有していたことは認めるが、その余は不知。

第二項のうち、被告が主張の日訴外畠山熊から贈与を受け、同登記を経由したことは認めるが、その余は不知。

第三項は否認する。

と述べ。

被告藤田竹之介は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め。

(一)、原告主張の事実中

第一項のうち、主張の物件が訴外山野英夫の所有であることは認めるが、原告が訴外山野英夫より同物件を買受けたことは否認する。その余は不知。

第二項のうち、被告が訴外山野英夫から主張の日、主張の物件を買受け同登記を経由したことは認めるが、その余は不知。

第三項は否認する。

(二)、被告は所有権者山野英夫より売買により所有権を取得し、同登記を経由したものであるから、原告に対し、同所有権を対抗することができる。

と述べた。

被告等は甲号各証の成立を認めた。

理由

一、本件物件は末尾目録(一)の「元所有者」欄記載の各訴外人が所有していたことは当事者間に争いがない。

二(一)、被告辻、同畠山、同藤田が、原告主張の物件につき、請求原因第二項記載の日に、記載の売買又は贈与を受け、それぞれ同原因による所有権取得登記を経由したことは、同被告等の認めるところである。

(二)、成立に争いのない甲第三十六乃至第三十九号証、甲第四十号証の一、三、七、甲第四十一号証の二、六、甲第四十二、第四十三号証、甲第四十四号証の二、甲第四十五号証の二、八を綜合すれば、原告は訴外山野英夫所有の目録(一)の三六、三八・三九の、訴外畠山熊所有の同(一)の三七の各物件につき、未墾地として買収することゝし農地法所定の手続を経由した上昭和三十三年六月一日買収期日を同年七月一日として、いづれも右訴外者にその旨の買収令書を交付し、同期日迄に対価の支払を了したことが認められ、右認定に反する証拠はない。従つて右買収令書交付後、買収期日迄の間に同訴外人等から同物件の所有権を取得した、被告辻、同畠山、同藤田は、農地法第六十条の「買収令書の交付を受けた者の承継人」に該当することは明白であり、同被告は原告に対し、同人が買収による所有権移転登記をするについて「農地法により買収又は売渡をする場合の登記の特例に関する政令」第二条に則り、同意をする義務があるものといわねばならない。

三(一)、被告辻、同川崎武夫、同綿引、同山野が、原告主張の物件につき、それぞれ原告主張の日、主張の原因により主張の登記を経由したことは同被告等の認めるところである。

(二)、成立に争いのない甲第一乃至第八号証、甲第十二乃至第十四号証、甲第三十二乃至第三十五号証、甲第四十号証の一、二、四乃至七、九乃至十、甲第四十一号証の一、三乃至六、八、九、甲第四十二、第四十三号証、甲第四十四号証の一、三乃至八、甲第四十五号証の一、三乃至八を綜合すれば、原告は末尾目録(一)の一乃至八、十二乃至十四、三十二乃至三十五の元所有者、荘司仙之助、荘司喜代治、山野英夫、金沢茂雄、車田覚夫、荘司武之、荘司源吾より同物件を未墾地として買収することゝし、農地法所定の手続を経由した上、茨城県知事は昭和三十三年六月一日、買収期日を同年七月一日として、それぞれその旨の買収令書を同訴外人に交付し、同期日迄に対価の支払を了し、その所有権を取得したこと、同被告等はいづれも、原告の所有権取得後、同物件につき売買又は贈与を受けたこと、目録三十二乃至三十五の物件は、訴外山野英夫より昭和三十三年六月十七日、訴外田村みよが売買により所有権を取得した上、被告山野弘明に贈与したものであること、従つて、同被告は山野英夫の承継人から、その贈与を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)、ところで、原告が前示買収による所有権の取得につき、その登記手続を経由していないことは、自ら認めているところであるが、元来農地法上の未墾地の買収は、国家が公共的な農業政策上の立場から農地法第一条所定の目的達成のため、公権力を発動して行うろのであり、その法律関係は、私法自治の原則の支配する対当の私人間の取引関係を規制する法律関係とは異り、後者の取引の安全を目的とする民法第百七十七条は、右買収処分による国の所有権の取得については適用されないと解するのが相当であり、農地法第五十二条からも同趣旨を窺知することができる。従つて原告は本件物件につき、登記を経由せずに何人に対してもその所有権を主張することができる。

(四)、以上のとおり原告は昭和三十三年七月一日、本件物件の所有権を取得したものであるから、その後に、被買収者又は被買収者の承継人から同物件を譲受けた被告辻、同川崎武夫、同綿引、同山野はいづれも、その所有権を取得するに由なく、同被告等の同物件についてなした同所有権移転登記は無効であり、原告に対し同登記を抹消すべき義務がある。

四、よつて、原告の本訴請求はいづれも正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内淑子)

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